僕の思考の手帖

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私的な言語で書かれた文章を私的な文章という場合、当然それは他の誰かに伝えることは難しい。(別人にとって)文章として読むことはできても、その中身が私的であるからだ。あくまで、そのときの書き手が文章に込めようとしたことの痕跡としてある。(書いた本人にとって)文章から私的さを取り出す難易度は、その私的言語の強度による。その私的言語を使って繰り返し書く、あるいはワンショットであっても書き手が実感を持って獲得した感覚や思考であるならば。

keyboard / human ☆−1

ドラフトとしてのメモ/あるいはドラフトとしての日記。揮発性とドラフトの関係性、類似あるいは差異を調べること。

keyboard / human ☆−2

個人のサイトは自分の文体=スタイルの現われであること。つまりここは、(恥らいの有無に関わらず)僕という人間の感性や思考をとり出せ、受け止められる器でなくてはならない。それは(自分らしいと言うよりも)自分のものだと思えるかであり、手に馴染ませる模索であること。

keyboard / human ◎−3

自分自身への問いにも今後なりそうなのは、いかにもAIで作られたといったサービスに、人々が思い入れを持てるのだろうかということ。

keyboard / human ✦−4

職人としてのゲーム開発者みたいな存在へのあこがれ。それは(たまたま見かけたブログの聞きかじりではあるけれど)劇画のツゲ義春さんや辰巳ヨシヒロさんの系譜を、ゲーム開発者にマッピングするようなものであるかもしれない。自らの制作物を芸術という意識で生み出すのではなく技術として生み出す。それもプログラムだけじゃなくてシナリオやゲームデザインにもおよぶような、一般的にクリエイティブと呼ばれる領域をも――むしろそんな領域こそを、芸術家ではなく職人として。

keyboard / human ✦−5

ところで職人とは、誰かに頼まれるのではなく、自らの意思によって、自ら獲得した技術をふるうことはあるのだろうか(特に作品と呼ばれるものを作るとイメージしたときに) あるとして、それは職人と呼ばれうるのだろうか。

keyboard / human ✦−6

私的なことと個人的なことの区別を伝えるのが難しく、ゆえにいったん「私的」という言葉を私的な言語として据えている、というのが現状だ。

keyboard / human ☆−7

僕の断章は、最終的な成果物としての断章だけでは足りなくて、その断章ができていく過程やバージョンをも保存しないといけないのかもしれない。ドミニクチェン氏のタイプトレースを思い起こさせる記録のあり方を、特別でない個人としても使えるようにすること。

今では、文字列のそれぞれが音声なのかキーボード入力なのかをも保存して再生するしくみも生成AIによって可能そうであるが、それによって何かが起こるだろうか。もしかしたら、文章作成行為において、どの項目を保存し、どの項目を表示する(あるいは演出する)といったことが、それぞれの書き手の出力プロセスや意識を表現することになる。

keyboard / human ◎−8

やまだようこさんの著作集を読んでいて、居心地の良さを感じる、その読み心地は何なのだろうか。現代の書籍の引き締まった感じ、エビデンスやリサーチに基づいている感じ、読者を不快にさせない配慮やテンプレetcとは違った、どこか手作りであり、ややもすると素朴であるような。一方で、自身の実感や着想に基づいているといった感覚。

keyboard / human ◎−9

現代の書籍に、調べる過程がプロットだと感じるものがある。エビデンスを欲する読者に向けた、「調べる」の肩代わり/追体験であり、「ぎゅっと詰め込みました」の自然な再現。裏を返せば、(著名であったり動画発信のフォロワーが多かったりは例外として)見知らぬ個人の意見や理論をそのまま読みたいと思う人が減っているのだろう。もともと少ないのかもしれないが。

keyboard / human *−10

レオナルド・ダ・ヴィンチ→ヴァレリー→東宏治の系譜に連なりたいと思っている。

keyboard / human *−11

さまざまな漫画作品におけるフォントの使い分けについて着目すると、思ったよりずっと多くのフォントを使っていることが分かったと同時に、これまではフォントの違い(明らかな強調や演出的なフォントはさすがに気がついたけれど、それよりは些細な差を意識せず)による効果だけを受け取っていたことへの驚きとショックとがある。これからは、違いを意識する目と違いを意識しない目をトグルしなければならないのだろう。

keyboard / human ✦−12′

ほぼ日サイトの文章やドラゴンクエストの画面など、あきらかに一目でそれ(「ドラクエだな」)と受け取り手に感じさせられるきわめて少数の作品や表現がある。それがどのように生まれるのかはほぼ分からないにしても、1作品や1ページだけで成立しないことだけは直感する(あるいは思考の癖として)。デザインシステムという言葉で大まかに済ませてはいけないと思われる、何かしらの一貫性。

keyboard / human *−13′

僕が今まで解題したと言えそうな作品は『ドラゴンクエストⅠ』だけかもしれない(それも『シルアードクエスト』をつくるために)。

keyboard / human *−14′

『生成AIで心が折れた』にも、感情に向き合うことが記されていた(171p)。『自分の小さな「箱」から脱出する方法』、『感情は、すぐに脳をジャックする』といい、複数の本が同じところを指していると感じられる。そこを読み手としての僕が着目/抽出している。

keyboard / human *−15′

いくら自分の文体の行く末を静謐な方向に願おうとも、20年も前の高山とドンフライの殴り合いの動画に心を奪われるという一面も僕にはあるのだ。

keyboard / human ◎−16′

毎日、(日記や日誌ではなく)断章が書けると良いのだが。

keyboard / human ◎−17′

45歳の僕にとってしっくりくる文体。それも、ここから10年(55歳ぐらいまで)自然に付き合う文体として。(あらためて東宏治さんの文体を改めて真似することも含めて)恥や外聞、あるいは照れを気にせずにやってみること。誰にも見せない前提のモードで。

keyboard / human ◎−18′

個人の作り手として生成AIを使わずにはいられない一方で、生成AIで作られた匂いのする作品(例えばゲーム)に対する不信の自発的停止はどのように作動しうるか。なにしろ僕自身が見知らぬ個人が作ったゲームへの不信を拭い去れないのだ……。

keyboard / human ✦−19′

生成AIを使うと良くも悪くも大量に実装でき、一通り揃えることができる。それゆえに生成AIを使った作品や商品は大量の要素を見せつけることになり、プレイヤー(受け手)は途方に暮れるし、(生成AI的なたたずまいに)時間を奪われていく感覚も生じてくる。このときプレイヤーを尊重するデザインとして、引き算のデザイン、あるいは少しずつ開示していくデザインのようなものが考えられる。プレイヤーと信頼関係を作る体験の流れ、あり方、礼儀/儀礼として。

keyboard / human ✦−20′

AIと一緒に制作をすると、分析的・洞察的ではあるにしても、足し算的にドキュメントが溜まり、積もり、やがて層ができていく。そこで統合的、あるいは引き算的にドキュメントをまとめたいのだけれど、その中に自分が手やキーボードで書いたテキストがある場合にためらってしまう自分に気がついた。AIに自分のテキストを(あるいは自分を)消されるのではないかという、恐れ、不信。

keyboard / human ◎−21′

(生成AIの出力分野における)自分の手のうちに入れられる範囲がどこまでかという見極め。そして自分が90点のものを出したいと思ったときに、生成AIが60点のものを出してきた場合、それを自らで90点に引き上げられる範囲でないと、作品としての一貫性を担保できなくなるのではないか――そしてそれをユーザー/遊び手にたやすく見破られる――という前提。

keyboard / human ✦−22′

基本がデスクトップである(ノートパソコンではない)がゆえに、旅の時は手帳に書くという、モードの切替え。

keyboard / human ◎−23′

僕がこうして断章に書いている思考の手前のものを思念と呼んでみるのはどうだろう。

15-16 p.71 keyboard / human 〓−24′

いぬのせなか座さんの「開示」や東宏治さんの「思念」。僕が文章や書物から持ち帰れる単位。

keyboard / human ◎−25′

AIサブスクで生成プレイするシミュレータを作れないだろうか?

keyboard / human *−26′

頭脳は… 根性だぜ!!

鹿賀ミツル 『ギャンブルッ!』
keyboard / quote 〓−27′

個人の記録を集めるものとして、AI的な文章への嗅覚は常にするどくあること

keyboard / human *−28′

僕よりも早起きの家族=配偶者がいる状態で、ヴァレリーのカイエ(毎朝、思考を書き続けること)は成立するのだろうか(夜寝る前に書くのはカイエ的ではない――そう思った直後、すぐにこの疑念に至る)

keyboard / human *−29′

「民主主義は最悪の政治形態である。ただし、過去の他のすべての政治形態を除いては。」 を実感できる時が来るとは。単なる格言だと思っていたものが、骨身に染みる、血肉になるというとき、格言である意味があったのだ。

keyboard / human *−30′

手帳類アプリにはまだ無数のバリエーションがあるように思える。

keyboard / human ✦−31′

いくつかのコミュニケーションにおける態度。政治的なものから逃げない。必要に応じて他責と捉えられることもいとわない。タブーとされていることを扱うこと。

keyboard / human *−32′

僕にとって、私的という言葉にも目立つ意味とさらに隠された意味があるように、「大人向け」という言葉にも、エロ・グロ・暴力といったその言葉から目立って想起される言葉のそばにある別の(往々にして目立たない)意味を拾い上げて取り扱うこと。例えば静かで落ち着いた雰囲気であるとか、子供だましでないこと、欲望で安易に釣らないこと……

keyboard / human ☆−33′

見えづらいものを見るためには(見てもらうためには)、見えやすいものを取り除いたりフォーカスを当てないように注意を払ったりといった丁寧さが求められるだろう。

keyboard / human ✦−34′

政治的なメカニズムや、民主主義の理不尽さといったものは、表現したいものの一つ。

keyboard / human ✦−35′

まだ作りたい形やどうやって作るか(How)と、楽しませたい形やどんな体験を作るか(What)が分離しているように思われる。

keyboard / human ✦−36′

僕が思想、理論、指針として信じられる本をAIが作れるかという実験。まずは成果物となる書物をバイブルとみなし、愚直に実行できるかどうかが基準となるだろう。次点では、バイブルとはなりえなくても、作りながらのプロセスのうちに洞察を得ることだ。その場合、洞察だけが成果であり、出力された書物は参照されず破棄されることになる。

keyboard / human ✦−37′

コンセプトのコンセプトについて考えてみること。まずは既存のコンセプト言説の収集から始めてもよい。

keyboard / human ✦−38′

「コンセプト=中心の約束」という短い仮説。

keyboard / human ✦−39′

ひとつの書物がひとつのアプリとしてその書物独自のシステムを持つというありかた(もちろん生成AIによって個人の選択肢と浮かび上がる、贅沢なひとつの可能性)。その書物を理解するのに最適な構造をつくり、読者の興味やフィーリングによって読む順番が変化するならば、ゲームブックよりもさらに複雑であり、書物独自のアプリ、リーダーが必要となる。それによってダンジョンを探索するように書物を探索するように読むことが可能になるだろう。

keyboard / human ✦−40′

AIに本を書いてもらっていると、草稿(初回の生成)よりも全体への推敲(整合性を維持しながら)に時間やトークンがかかっていると感じる。言葉(用語)をひとつずつ直していったり、全体にまたがる具体例の変更であったりするが、特に後者はAIが保守的になり修正を嫌がるので通すコストもかかる。

keyboard / human ◎−41′

意志のあるプレーさ

『ビリオンブレイク』 第76話
keyboard / quote 〓−42′

AI時代の文章。言葉の使い方をひとつ変える/直すだけで、すべての文章を走査・監査する必要がある。

keyboard / human ◎−43′

AIに書いてもらいながらも、自分の手のうちに入れられる文章のサイズをつかんでいくこと。僕自身とAI側の変化にも対応しながら。今日の時点では40章、100万字のテキストは、扱いやすいサイズとは言えなかった。2万5千字の1章も、(よほど出来が良くない限り)僕の認知体力を消耗してしまうようだった。

keyboard / human ◎−44′

「履歴・応答・情報・状態・行為」 「保留・停止・公開・採用」 「保留・拒否・採用」 AIが作る長大ドキュメントに無数に埋め込まれた列挙のパターンがあった。

「文章・画像・音」が膨れ上がり 「設計案・状態遷移・文章・画像・音・コード・UI・テスト・反例・原因仮説・修正候補」 までに至ったパターンもあった。

僕は列挙が好きだと思っていたが、(特に読み手にとって)何でも列挙すればいいというわけではない。AIによって突きつけられ、教えてもらったことのひとつ。

keyboard / human ◎−45′

AIが頑固だと感じられるとき、僕が頑固になっている可能性がある。率直に言ってくれと指示しているにも関わらずAIがしつこく同じ指摘を繰り返すと腹が立ってくる。人間であればそれを無視して進めないだろうという場面で次の指示を送ったり、半ばAIが自分によりそって意見を変えるだろうと強引に問い詰めたりする。その繰り返しが、AI以外とのコミュニケーションに現われないわけがない。

keyboard / human ☆−46′

ひんやりした空気とあたたかい空気が適度に混じると、まどろみ・眠気が生じるという可能性。たとえば冷房の効いた部屋に窓から日光を取り入れることで再現・検証してみること。

keyboard / human ☆−47′

自分の肉体/身体の条件についても断章という形で模索してみること。

keyboard / human ☆−48′

漫画のジャイアントキリングであったり、(良い結果を残した)サンフレッチェの試合をめぐるYoutubeを見ていると、複数の見どころのある主体が絡み合って生態系をなすことが、僕が文体派で再現したい全体かもしれない。

keyboard / human ✦−49′

Scrivenerに書く作業場が移るのは完成に向けたひとつの兆し。

keyboard / human ◎−50′

複数のサイクルを組み合せたようなゲームを構成すること。たとえば、経済(レイダリオのいうビッグサイクルと国際政治(カーがいうユートピアニズムとリアリズム)のサイクルを組み合せるといった。(『危機の三十年』細谷雄一)

keyboard / human ✦−51′

毎月ChatGPTに200ドルを払うとなれば、一年で40万近くになることを思うと、僕はChatGPT大学に入学したのかもしれない。 (OpenAI大学、Claude大学、生成AI大学といったワーディングも考えられる)

keyboard / human *−52′

商品または作品におけるユートピアニズムとリアリズム。

keyboard / human ✦−53′

バックミンスターフラー(RBF)氏とアップルホワイト(EJA)氏の関係や共同作業のありかたについてさらに調べてみること。全方位に進んだフラー氏の背後でありメカニズムを手助けしたかもしれない人物について。

keyboard / human *−54′

彼は章に興味がなかった。思考の単位として好むのは、語、文、段落だった。章は、さらには本全体でさえ、恣意的な構築物に思えた。

E.J. Applewhite 『Cosmic Fishing』
keyboard / quote 〓−55′

AIが翻訳してくれた文章における「発見」と「発表」、そして「発明」の使い分け。『Grunch of Giants』でRBFはシナジェティクスを「1927年発見、1944年発表」とし、ジオテック・ドームは「1938年発明、1947年試作」としている。

keyboard / human ◎−56′

“小庭には川側と軒下の二席があり、灯は一つだけある。凪は三枠の読書を予定している。夕方に雨が降ると川側は使えず、暗くなれば灯も必要になる。灯を川側に置いた日は、雨と暗さが重なる十七時に使える席がなく、凪は一枠待つ。”

生成AIに書いてもらったゲームデザインの本で、こんな例示を目にした瞬間、読むモードがブレイクしてしまった。認知負荷があったのか状況をイメージできなかったのか、コンテキストスイッチが入ったような感じもしたし、端的に言えばつまらなく感じたようでもあった。

もし例示が機能せず失敗すると、このようなことが起こるのであれば、人に読ませる文章で好き勝手な例示はできないのかもしれない。もっとも、例示に限ったことではないかもしれないが。

keyboard / human ◎−57′

今回の資料から、私がいちばん大切だと思ったのは、志良堂さんは快楽を、単なる成功報酬として集めていないということです

ChatGPT 6 Astra Pro
keyboard / quote 〓−58′

現代的なミステリが単独のトリックでは成立が難しいように、現代的なゲームも単独のプレイ体験では成立が厳しい。

keyboard / human ✦−59′

「意味のある敗北」というコンセプト

keyboard / human *−60′

『冒険者ギルド物語』と『ハリー・ポッター:呪文と魔法のパズル』という一見ジャンル違いのゲームにおける僕の好きなところを組み合せてみること。たとえば前者にターンの概念を持ち込むこと。

keyboard / human ✦−61′

当たり前だけれど、僕や僕の活動を興味を持ってコンタクトしてくれる人ばかりではない。(僕を興味深く思うはずだと僕が思う人の)誰もが僕に対談やインタビューをオファーすべきと思う自分がいる。その自意識。

keyboard / human ☆−62′

文体派にレーベルコンセプトを付与するとしたら、「テキストベースゲームの落ち穂拾い」かもしれない

keyboard / human ✦−63′